何気ない日々に乾杯!
「なぁ、七瀬」
「なに?折原?」
日曜日。
天気は晴天。
絶好のデート日より。
「楽しかった...か?」
「もちろんよ」
映画を楽しんだ二人。
彼女の強い希望でいつもラブロマンス。
彼氏の見たいアクション物はいつもおざなり。
「腹..へらねぇ?」
「そぉ?あたしは別に」
映画館の近くにある公園で、余韻に浸る彼女。
退屈な映画で、危うく眠りそだった目を擦っている彼氏。
彼女がパンフレットをめくるのを、横目で見たりしている。
「のどかだねぇ」
「そうね..」
ふと空を見上げた彼氏が、何気なく呟く。
彼女も、パンフを閉じて空を見上げた。
空には雲が少なく、数羽の雀が飛んでいた。
「はぁ..もう一回みたいねぇ」
「そんな面白かったか?」
ウットリと目を閉じる彼女を、グッタリした目で見る彼氏。
もう一回見たら、確実に寝てしまう自信があった。
そんな彼氏の様子に気付くことなく、自分の世界に没頭している彼女。
「俺としては、こうもっと動きのあるヤツをだなぁ」
「そんなの、男の子同士で行けばいいじゃない」
彼氏のお願いを一蹴する。
彼女にとって、アクション映画は女の子の見る物ではなかった。
やっぱり女の子は、しっとりした映画で涙を流すものだ。
「アイツらと映画ねぇ」
「いいじゃない、タマには」
いつもの悪友を思い浮かべ、苦笑する彼氏。
とても映画を見るようなメンツではなかった。
どちらかと言えば、酒を呑んで大騒ぎするタイプだ。
「ま、善処してみるか」
「前向きに考えるのはいい事よ」
全然その気がないのに、取りあえず口にする。
ハッキリ言って、誘っても鼻で笑われるのがオチだ。
彼女はそんな彼氏の悪友を知っているので、あまり強請しない。
「人...居なくなってきたわね」
「もうすぐ日が沈むしな」
さっきまで様々な人たちがいたこの広場。
日がもう直ぐ暮れようかという時間。
人は疎らになってきた。
「大分、日が長くなってきたな」
「もうすぐ夏だしね」
時計を見ながら言う彼氏に応える彼女。
確かに日が長くなってきていた。
もうすぐ夕食の時間だというのに、まだ辺りは太陽の明かりを残している。
「それじゃ、泳ぎに行くかぁ」
「まだ早いわよ」
彼氏の軽口に、苦笑する。
いくら夏が近づいたと行っても、まだ夏休みにもなっていない。
気が早いにも程がある。
「あ...」
「何だ、やっぱり腹へってんじゃねぇか」
急に鳴り出したお腹を押さえて、彼女が赤面する。
それを聞いた彼氏は、「それ見たとこか」と言う顔をする。
俯いて、何も言えない彼女。
「もうそんな時間だしな」
「そ、そうね」
大方、女の子から言い出すのはポリシーに反するとか言うのだろう。
まったく、素直じゃないんだから。
そうは思っても、やっぱりそんな彼女が可愛く思えてしまう。
「んじゃ、飯食いに行くか」
「う、うん」
今度は彼氏の提案を素直に受け入れる。
ここで拒否しても仕方がない。
何だかんだ言っても、体は素直なものだ。
「ラーメンはイヤよ」
「ぐぁ、先越された」
思っていたことを当てられ、彼氏が軽く仰け反る。
彼女は「やっぱり」と言う顔で睨んでいる。
いい加減ワンパターンになりつつある。
「分かったよ。でも今月はやばいから、ファミレスな」
「...この際良しとするわ」
財布の確認をしながら言う彼氏を見て、無精無精頷く。
本当なら、それなりのレストランでワインでも傾けたいところだ。
しかし、学生の身分でそれはちょっと無理がある。
「それじゃ、行こうか....」
「どうしたの?」
先へ行こうと促す彼氏が、急に黙り込んだ。
何かを考えているようだ。
立ち止まって、急にニヤニヤしだした。
「何よ、気持ち悪い」
「いや、何でもない」
キュッと顔を引き締める。
しかし、直ぐにその顔は緩んでしまう。
まるで延びきったゴムのように。
「何なのよ?気になるわ」
「いやいや、気にするな」
彼氏はちょっとしたことを思いついただけだった。
いつもと同じじゃつまらないと。
最近思っていたことを実行に移すことにしたのだ。
「気にするなって、気になるに決まってるじゃない」
「気にするなよ、留美」
それは何気なく言ったつもりだった。
しかし彼女は、その言葉に思いっきり硬直した。
初めてだったからかもしれない。
「どうした?イヤだったか?」
「そんなわけ無いじゃない、浩平」
嬉しさと恥ずかしさの百面相していた彼女。
そんな不審な彼女の態度に心配する。
彼氏はヒョイッと、彼女の顔をのぞき込んだ。
「んじゃ行こっか、留美」
「えぇ、浩平」
それは初めての記念日。
お互いが名前で呼び合った初めての日。
ちょっとしたことだけど、妙に嬉しい。
「何だよ、留美?気色悪いなぁ」
「何でもないったら、浩平」
ニコニコする彼女を、やっぱりニコニコしている彼氏が窘める。
何だか背筋がくすぐったい気がする。
ちょっと照れが入ってしまうのを否めない。
「さ、行きましょ」
「あぁ、いい加減腹と背中が合体しそうだぜ」
いつものように繋いだ手。
それでも、いつもよりも繋がっている気がする。
それは気分の問題だろうか?
「何喰うんだ?」
「うーん、何食べよう?」
もう、街灯が公園を照らし始めてきた。
二人は寄り添って、公園を後にした。
その後ろ姿を、何気ない日々が祝福していた。
FIN